窓が開いていた。ゆるやかに揺れる、レースのカーテンの隙間から淡い光がちらちらとキラの頬に落ちる。薄く、睫は伏せられたまま。一歩を歩く間にもふわりと、あたたかな風が髪を撫で耳元を過ぎていく。
 机上に開かれた、書籍の上にはまだ指が置かれていた。細く落ちる寝息もひそやかに、瞼の下ろされた彼の表情はまるで幼い。穏やかな眠りの伝わるようで、ラクスはそっと薄く空の色をした瞳を緩める。手が外れたときの為にと、備え付けのしおりを落とす仕草で、けれど不意に指が触れて息を止めた。

「ラクスの手は、あたたかいね」

 指を掴まれた視界の端、かかる指のなくなった本はぱらぱらと捲れて音を立てた。穏やかな所作で、キラはそっと瞳を下ろす。視界を閉じる。触れ合った指先は離されないまま。何か、大切な記憶に触れるように。

「…あたたかくて、やさしい」

 風が体を抜けていく。全てが停滞をしているようで、けれどもゆっくりと浸透する。震えの伝わるように、机の端に置かれていたペンが床へと転がって落ちていくのを見ていた。室内にひとつ、小さく、硬質な音が響く。低い体温がしみて、指先がじんと痺れているような錯覚をした。
 近い距離、静かな微笑み。きっとこのまま、息絶えたとしてもどこにも後悔はない。遠くからは鳥の声が聞こえていた。何にも変わることはない、朝が来るのだった。




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