瞼裏に鮮烈に焼きつく色。目に映るたびに眩しくこころを揺らす、光よりも強く。店頭で見かけて購入してしまったのもそれに連なる衝動で、差し出せば呆れたように返される反応も十分に想像の範疇だった。

「…キラがつけるのか」
「違うよ、もちろん」
「私はそんなの無理だぞ。つけられない」

 鈍くあたたかいブロンズの新色。カガリの髪の色には当然に劣るにしても、爪の先にわずかに灯すにはやさしい色だ。可愛らしくなされていた包装をといて、ころりと掌にのったマニキュアにカガリは力強く首を振った。

「嫌い?」
「そういうんじゃなくて、なんか、邪魔な感じがするんだよ」
「邪魔、」
「すうすうするっていうか…」

 指の先で転がしながら、カガリは視線をさまよわせる。それから思い出したように顔を上げた。

「ああ、あと、うまく塗れないしな。台無しだろ」
「そんなことないよ」
「そんなことあるさ。せっかくかわいい色なのに」

 茶化す口調でもなく真摯に瞳を向けるので、不覚にもそれだけで満たされてしまう気持ちがあった。別段プレゼントをし慣れているわけでもないのだ。こんな類いのものを、女の子に。双子で、ふたりきり、今は傍にあることが当たり前のような関係の、雰囲気に流されてしまう程度のようなものでも。伝わるほど表面には出なくとも緊張していた。

「カガリには、似合うと思うよ」
「ブロンズは目立たないからな」
「そう?」
「そうなんだよ」

 うんうんと考える仕草。ふと思いついたように片目を上げて、見つめられた。

「使わないのは、でも勿体ないよな」
「そうだね」
「キラ、塗るか?」
「いいの?」
「え、」

 会話の齟齬。先にそれに気がついて、キラは声を上げて笑ってしまう。

「僕がじゃなくて、カガリにだけど」
「ああ…、なんだ、」
「だめ?」

 びっくりしたと遅れて笑みを浮かべたカガリに首を傾げて問えば、今度はぱちりと瞬きをして動きを止められてしまった。いくらかして掌に視線を落とし、開いては握ってを繰り返して悩むような素振りを見せる。

「手が嫌なら、じゃあ、足の爪とか」
「どうしても?」
「どうしても」
「…じゃあ、お願いするよ」

 熱心に言い募れば、結局呆れたような苦笑でカガリが折れた。
 木製の椅子の、少し引かれた足元にしゃがみこむ。腿の上に足をのせて、それからそっと小さな足先に触れた。綺麗に整えられている薄い爪の上に、細い刷毛で幾度か薄く色を引き延ばす。慎重にひとつひとつ、少しずつカガリの足先に色を落としていく。ようやく半分を終えたところで、それまで我慢していたのだろう、耐えられないというようにカガリが笑い出した。

「…くすぐったい?」
「くすぐったい!もっと、適当でいいって」
「あとちょっとだから待って…、あ」
「いいって、ちょっとはみ出しただけだろ!」
「だって除光液、あったよね」
「キラ…!」

 結局二度塗りまでしてしまって、初めてにしては綺麗に仕上がったほうではないかと思う完成度には瞳を細め、最後に小さく息を吹きかけた。カガリがくすぐったがって足を動かすので幾度かやり直したものもあって、思いのほかに時間もかかった。立ち上がり身体を伸ばして、カーテンを開けるとすでに一面に青白い空が広がっていた。散らばる星の光が空に同じ色を振り撒いている。いつの間にかすっかりと陽が落ちてしまっていたらしい。

「カガリ。今日のご飯、どうしよっか」

 振り返ればぐったりとベッドに沈み込んでいる姿があった。恨めしそうな瞳を向けられてまたも微笑んでしまう。それでも乾ききっていない足先は、まだ何にも触れないように揃えて床に下ろされていた。

「うん、可愛くできてるよ」
「……出前」
「え?」
「出前!で、キラのおごりだからな!」
「いいよ。何食べたい?」

 無造作に投げ出された髪、きらきらと光を放つ瞳にはけれど適うべくもない色だった。何よりも大切な、輝けるもの。キラにはどこまでも眩しいばかりの、子供みたいにふくれた頬にもう一度笑い返して電話を取った。




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