ニ秒、とアスランは言った。
 キラは大きくまばたいて、それからゆっくりとアスランを見た。大人らしくなった、けれども変わらず整った容姿は、こんなときばかりあの頃の面影を色濃くする。少し微笑んで、ひどく優しい顔で見つめるくせに、視線があうと、わずかにためらうようにそっと目を伏せる。
 …二秒だけでいいから。キスさせて。
 口にされた言葉に、思考はなかなかに動き出そうとはしなかった。ともすれば、聞き違いとごまかすこともできたろうか。それも、こんなふうに沈黙を意識してしまってからでは手遅れだ。
 部屋には他に誰もいない。エターナルの、それぞれジャスティスとフリーダムのパイロット用に用意されていた個室の、ここはアスランの使っているほうの部屋で、訪れたのはキラだ。離れていた三年間も、一度も忘れたことのなかった日づけに、時刻が移ろったのをモニターで確認して。気がつけば部屋を訪ねていた。
 寝ているのならそれで構わなかった。顔を見て、言葉を口にできればそれで充分すぎるほどだ。互いに伏せる必要もないと教えあったパスを打ち込んで、扉を開く。
 モニターに向かっていたアスランは、振り向いて驚いたように瞳を大きくした。翡翠色の、綺麗な瞳だ。小さかった頃は、それがとても羨ましくて。そういえば、あの頃はいつも、アスランみたいになりたかった。
 ぼんやりと見入っていると、いつの間にか至近距離になった瞳が、やわらかな苦笑を浮かべていた。
「キラ?」
 ひどく穏やかに笑んで、ささやくような小さな声に遠く声が重なる。キラは少しだけ目を開き、それから伏せた。
「…あ、……あのさ」
「うん、なに?」
「……………おめでとう」
「え?」
 そのまま部屋を出ようとしたのを、腕を掴んで阻まれる。今更に、子供じみたことをしているような気持ちがした。一番にお祝いを言いたかったなんて、まるでお笑い種だ。それなのに、アスランは後手に扉を閉めてしまう。
「……アスラン」
 顔を顰めて見遣ると、不思議そうに細められていた瞳が、不意に、ふ、と瞬いた。
「…ああ。もしかして」
「………自分の誕生日くらい、覚えておきなよ」
 漸く納得がいったといった様子には思わず苦笑して、だからたぶん反応が遅れたのだ。
 掴まれたままの手のひらが、わずかに引き寄せられるように引かれた。近くなった距離で、アスランの表情はひどく幼く思われた。戸惑うように揺れる瞳が、そっとキラへと向けられる。
 そうして、先の言葉だ。そんなこと、と思い、けれども言葉はまるで出てくる素振りをみせない。
 たった二秒、唇が触れるだけだ。それだけだ。別にたいした意味もない。思いながら否定も肯定もできず、睫は震えた。掴まれたままの右手も、自由であるはずの左手さえ、固まったように動かない。
 伸ばされた指が、ためらうように頬に触れる。アスランの前髪がキラのまぶたをかすかにかすめて、キラは目をすがめた。唇はとうに呼吸もままならない。アスランがひどくゆっくりと顔を傾ける。伏せられたままの睫は長い。触れるほどに近づいたその翡翠の色はあまりに眩しい。目眩がするように思い、キラは目を閉じた。
 二秒は、長かった。離れようとした体は背にまわされた腕で捕まえられている。心臓は煩いほどで、まともに顔を見ることもできない。掠れた声で名を呼ばれ、顔を俯かせたまま、キラは震えた。あまりの動悸に、錯覚や酩酊を起こしそうに思った。




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