フレイは、コーディネイターなんてみんな死んでしまえばいいと言った。ミリアリアにはわからなかった。

 へんなふうに、なんなきゃいいけどな。
 トールの言葉に、ミリアリアはあのとき頷いた。そうだねと口にして、他にそのどことなく不安な、漠然とした感覚を伝えるすべを持たなかった。
 ふたりが、フレイとサイの関係が、話だけとはいえ婚約者という形であったことを知ったのは、高熱を出してうなされているキラを看病していたフレイが食堂に来たときのことだった。唐突に切り出された話に、呆然としていたのはサイだけではない。自分と同じように、ミリアリアは当たり前のように彼らも普通のカップルだと思っていた。けれどただそれだけなら、こんなふうななにか、受け入れがたい印象は受けなかったかもしれない。

 ――――やっぱり違うのね、私たちとは……体のできが。

 ぽつりと、フレイの言葉はいつもミリアリアの胸に棘を残す。この艦に乗ってからはずっとだ。フレイはコーディネイターが嫌いで、面と向かって嫌悪感を表すことこそなかったが、キラに対してもどこか距離を置いて接していた。それがまるで嘘のように、フレイはキラに優しくなった。そのことは素直に嬉しいと思う。キラは確かにコーディネイターだけれど、とても優しくて。大切な、友達だ。カレッジにいたころから、自分のことよりもさきにひとのことを気遣うような、そんな性格をしていた。今だってそうだ。キラは自分たちのために、この艦に残って、同胞であるはずのコーディネイターと戦っている。その中には、親友も、いるそうなのに。
 本当なら、無理にでも降ろすべきだったのかもしれない。けれども嬉しかったのだ。キラがいなくなって、それでも今までのように無事に切り抜けていけるのか、口にはしなくてもみんなどこかで不安だった。そうして、キラは残ってくれた。間違えようもなく、自分たちのために。そしてそれを否定するだけの強さを、ミリアリアは持たなかった。結局は、身勝手だ。誰を責める資格も、あるはずはなかった。
 フレイがキラの部屋で過ごすようになったのは、それからすぐのことだった。

 最近は、フレイはほとんどキラの部屋から出てはこなくなっていた。キラも、戦っているとき以外は、いつもフレイの側にいた。まるで彼らだけ、別の世界にいるように。大切な友達であることも、心配をしていることにも変わりはないのに、どこかで距離があった。
 けれども、頼まれていた書類を抱えて廊下を歩いていたときだ。扉があいていた。キラは眠っていた。椅子に腰掛けたまま、パソコンをいじっていた途中でか、うつぶせてそのままの恰好だ。髪の毛がさらりと頬に落ちて、フレイがそれを見ていた。声をかけようとして、ミリアリアは言葉をとめた。
 指が、伸ばされた。髪を耳にかけるようにして、赤い色が静かに揺れる。頬に触れる直前で、指はとまった。躊躇うようにして、それでもキラを見つめている。あの美しい無表情で、けれども決して冷たくはない。フレイはただ、キラだけを見ていた。
 ふいに顔を傾けた。キラの上に影が落ち、押さえたままのフレイの髪がわずかにかかる。頬に、綺麗にルージュのひかれた唇がそれから触れたのか、ミリアリアにはわからない。我に返って視線を外し、そのまま足音を立てないようにして、急いで遠ざかってしまったから。
 ミリアリアは、キラが、とても綺麗な心をフレイにむけていることを知っていた。カレッジにいたころからだ。フレイは学内でも目立つ存在だった。明るく、華やかな笑顔は人目をひいて、人気があった。けれどキラだって、本人はまるで知らないだろうけど、みんなから好かれていた。だからトールとふたり、サイとのことなんてまだ知らないで、ひそかに応援していた。きっと、お似合いだと思っていた。
 だから、フレイもキラのことを好いているのだと思えば、本当に嬉しかった。


 けれど今、フレイの口から出た言葉は。
 キラとトールが帰ってこないまま、捕虜になったコーディネイターのいた医務室で、ミリアリアは確かに殺意を思った。ひどいことを言われて、頭に血が上ったのは事実だ。けれども心のどこかで、コーディネイターがいなければ、こんなことにはならなかったと思っている自分がいた。気づきたくはなかったのに、自分の中にも、明確な差別があると知ってしまった。
 ミリアリアの下で、フレイの体は震えている。銃を持つ腕も、照準が定まりそうにないほどに震えていた。悲鳴に近い声が、まだ耳に残っている。嗚咽をこらえることもできず、ミリアリアは涙を流した。
 ミリアリアにわかるのは、自分たちがおいていかれてしまったということだけだ。大切であっても、たとえそうではなかったとしても、自分たちはおいていかれてしまった。或いは、おいてきてしまった。もはや戻れるはずもないあの場所へ、誰よりも近くにいた人たちを。それがただ、悲しい。もう手が届かないことが。触れられないことが。言葉をかわせないことが。あの笑顔が、もしかしたらもう二度と見れないことが。
 ひたすらに悲しい。自分も、きっとフレイも。そう思った。




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