遠めに見てもやはり造作は際立っている。壁に少し寄りかかるようにして、人込みに向けられたまなざしは特に何を見るでもなく、ひっそりと静かだ。人目をひいていることにも、きっとまるで気づいてはいない。アスファルトの道路をぞんざいに踏みつけにして足早に向かった。ヒールの音を聞き分けたとでもいうように、不意に視線をあげたキラはまっすぐにフレイを見る。瞳にやわらかな光をたたえて、微笑んだ。しかしそれが不愉快ではなく、それどころかフレイはわずかに動揺をした。その事実が腹立たしく、殊更にまなじりを強くした。
「どれくらい、ここにいたの」
 声は固くなる。時間より遥かに遅れて家を出たのはフレイであったし、キラを待たせることに罪悪感もなかった。もしも待たずに帰っていたらそれこそ二度と口もきかない。そう思っていたのに、これではまるで逆だ。考えて小さく唇をかんだ。
「さっき来たばっかりだよ」
 優しく、キラは小さく微笑んで言葉を落とす。時間に遅れてきた恋人に、待ち続けていた相手が口にするような甘い嘘をささやく。そうして何にも覆われていないフレイの手に軽く、触れた。ひえきってキラの指は冷たい。伏せられた睫に、視線までが手に落ちていることに気づいて、振り解きたい衝動をフレイは必死に抑える。動悸は、けれども早まった。
「赤くなってる」
「え…」
「さきに手袋、買いにいこうか」
 顔をあげて、目があった。手の、ことだと気づくのは一拍遅れた。冷たい表情を保てたかどうかは心許ない。離された指先は、フレイよりもよほど赤い。
 ――――こんな、こんな男。
 最近は毎日のように口にした。眠る前にベッドで、それから一人きりの時にもだ。何気無いキラの仕種だの小さなくせだのが不意に甦ってしまった時に呪文の様に吐き捨てて、その浮かぶ顔を追い払う。けれども夢の中までは不可抗力であったし、こんなふうに目前にしてしまえばすべはない。
 不自然に落ちた沈黙に、キラは困ったように微笑んだままだ。唐突に、フレイはすでに離されていた手のひらを掴んだ。
「フレイ?」
「買うまでにもっと冷えたらキラのせいよ」
 キラの目を見ずに、そのまま歩き出す。キラは、きっと瞬きさえしていない。半歩後ろを遅れて、わずかに戸惑う気配には気づかないふりをする。
「…謝らないわよ」
 しばらく歩いたところで言った。振り返ったりはしない。けれども。
「………うん」
 しばしの沈黙の後、落とされた声はどこか嬉しげでさえあった。




B A C K