濃密な香りが、自分の後ろに道を作っている。そんな気がした。二十本の百合の花の芳香は、いっそ攻撃的だ。目にうつらない密は、前へも流れ、フレイの先行きを知らせる。
 花を手に、息をきらせ、あのとき、キラの頬はわずかに赤かった。
「なによ…」
 右手に持った花束を、揺らす。朱色の花粉が零れ、白い花弁をよごした。百合を包む包装紙とリボンも白で、太陽の光に、真珠色の反射を見せた。
「こんな、花なんかで、」
 足はとまらない。乱雑に扱う素振りで、けれども気づけば視線は花に向かう。そういえば、キラの表情をみやる余裕はなかった。思い出して、唇に指を走らせた。




 驚いたように瞳を大きくしていた。視線に気づいて顔を向けた瞬間だ。目があって、そのまま動けなくなったのはフレイも同じだった。この人を、私は知っている。間違いなく初対面であったのに、それは鮮やかなまでの確信だった。
「あなた…」
 そらせないまま、あわされた瞳は菫色をしていた。駆けぬけた風に、無意識に舞い上がった髪を押さえた。そうして開かせた視界に、もう距離はない。
「………   」
 差し伸べられた細い指は震えていた。ほとんど触れそうな近くで、双眸は泣き出しそうに歪んだ。それからゆっくりと、花がほころぶように、向けられた微笑みには眩暈がした。
「…会いたかった」
 そう、キラは言ったのだ。どこまでも優しいまなざしで、まっすぐにフレイを見つめたまま。
 あれからまだ、一年も経ってはいない。




 前世なんてものをフレイは信じていない。運命なんてそれこそ欠片にもだ。それでもキラに会えば胸は震えた。心臓の奥深い部分が、確かに音をたてた。否定しようとすればするほど、反比例の強さで思い知らされる。

 わたしは。キラを。




 まばたく隙も与えずに、フレイの髪がキラの鼻先でばらけた。結ばれていた唇は唇を掠める。
 頬に落ちた髪の毛を左手で首筋へと押さえ、立ち尽くしているキラに背を向けた。
 花束はほとんど奪うようにしてだ。思い返しては肺を震わせた。
「好きなんかじゃないわ」
 殊更に口にした。縋るように、瞼をひきおろす。
「絶対に」
 あんな男。
 掠れたような弱い言葉は声にもならない。けれども不意に左手を掴まれた。弾かれたように振り返る。
「キ、」
 名前を呼ぶ前に、抱きしめられて喉の奥が詰まった。花が揺れ、花粉は落ちるのに、指は動かない。小さく名を呼ばれ頑なに瞼をおろした。鼓膜を震わせる声はけれどひたすらに染みる。むせかえるような甘い香りには目眩がした。




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