寒いので寄り添った。
 お互い特に言葉もなく、好きなことをしていたのだ。アスランは床に工具を広げ、キラはベッドの上に転がっていた。初めは、本を読んでいたのだったか。寄りかかっていた自分のベッドの振動に視線を向けて、いつの間にかうつぶせにしているのを見つけた。
 遅れて配属されてきたキラと、同室になることを申し出たのはアスランだった。それはとても、自然なことにおもわれた。だからあのとき戸惑うように揺れた瞳の意味を、アスランは掴みかねた。離れていた三年間は、そんなにも大きな何かを二人の間に落としたのだろうか。
 けれどもキラはそれきりそんな素振りは見せず、まるであの頃と変わらないようにアスランに接する。優しい笑顔を向けて、アスランの胸をあたたかくする。
「…アスランの手は、あたたかいね」
 小さく、こんなときのキラの声はひどくひそやかだ。宙を彷徨わせていた瞳を、細めるようにしてアスランを見る。菫色の光はあまりに優しい。呼吸が苦しいように思い、咄嗟口にした名前はまるで縋るように響いた。
「………キラ」
 伸ばされた手に、指先に込み上げる感情を他に知らない。引き寄せるようにして、抱きこんだ体はあたたかい。備えつけのベッドの、わずかに軋む音をひどく遠く思った。唇に唇で触れて、間近に見るキラの睫が震えているのには目眩がした。なぜ、こんなにも愛しい存在があるのか、アスランにはわからない。

 ――――そういえば、こんなことをするのははじめてだったんだね。

 そう、キラは言った。アスランの腕の中で、ぽつりと口にした。それは本当に当たり前のように響いた。アスランはまばたいて、それからいっそうキラを抱きこむ腕を強くした。たぐり寄せてひたすらに抱き締めて、あのとき確かに、アスランは幸福を思った。
 けれども時折、どうしてかたまらなく不安になるのだ。いつか、いつかキラは、またアスランの手が届かない場所に行ってしまうのではないかと。
 わずかに見上げるようにして、キラがアスランを見る。視線が触れあい、浮かべられる微笑に、永遠に変わらないものをアスランは見る。口にすればそれはきっとひどく陳腐だ。本当に伝えたいことは、いつだってまるで言葉にはならない。
「キラ」
 アスランが呼んで、細い、鳶色の髪に唇を落とせば、キラはどうしてか泣きそうな顔になる。アスランの肩にうずめるようにして、それきり顔をあげない。
「………ぼくは…」
 キラの吐く息がアスランの肩にあたる。ともすれば聞き落としそうな声に、アスランはまばたきもできない。
「ぼくは、アスランが好きだよ……」
 抱きしめるように、背に優しく腕をまわされて息が詰まった。肋骨の後ろがきしんでわめく。堪らずに名を呼んで、それでも掠れた吐息は声にもならない。どうしようもないほどに胸は苦しく、けれども目の眩むような幸福を思う。


 寒いから、と耳元にささやいた。
 肩に頬を寄せた、吐息の孕んだ震えの意味を、知らないままに。




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