華奢な指先をそっと握る、手の上へ、小さな掌をのせるような形で添えた。ステラはゆっくりとした足取りで、けれどもどこか物珍しそうに辺りに視線を向けている。

 駅近くのショッピングモールで、つい先日ホワイトデーを終えたばかりの、シンは幾度か往復した道だ。毎年、冗談半分に要求される倍返しはさすがに厳しいので、ヨウランはヴィーノと、シンはレイとペアで、一人で返すよりはそれなりに値の張るものを贈るのが、すでにイベント毎の恒例のようになっていたりする。とはいえ女性向の贈り物を選び慣れることは到底なかったから、誰かと選べることには余程救われていた。相手があのレイでは、それこそ目的のためだけの、淡々とした会話ばかりになってしまったりはするにしろ。

 元々は、本当にただの思いつきだったのだ。偶然に会って、幾度か会話を交わすうちにそれなりに親しいと思えるようになった程度の関係で、了承されるとはほとんど思っていなかった。ただ、約束をして、会ってみたいと。すぐにすれ違う程度のものではなくて、少しでも一緒に歩いてみたい、なんて。

 ふと足をとめて、ショーウィンドウに向けられたステラの視線をシンは追いかける。ステラの、何か気にとめるようなものを探そうとして、けれどすぐに気がついた。ショーウィンドウに映り込んだ、ステラは自分自身の姿を不思議そうに見つめている。首を傾げれば、肩の上で金髪がふわりふわりと揺れる。それがおもしろかったのか、ふふ、と小さく吐息をもらすように微笑んだ。見ているシンまでが瞳を緩ませてしまうような、可愛らしい仕草だった。

「……あ、」

 不意に思い出したことがあって、小さく声が漏れていた。すぐにシンへと戻されたステラの視線は、やはり不思議そうに瞬いている。なんでもないと首を振ろうとして、けれどもシンは瞳をとめた。そっと、ステラを見遣る。見つめればやはり素直に視線を返されるので、そうしてしばし見合うこと数秒。

(…うん、そうだ、それくらい)

 考えて、首肯する。それから恐る恐ると口を開いた。

「ちょっと、付き合ってもらってもいい、かな」

 問いかけには少しの沈黙を置いて、やがて肯定の形にステラの金髪がふわりと揺れた。

 そうしてステラの手を引いて歩いた先、シンが選んだのはお菓子ばかりの置かれた、通りの片隅の小さな店だった。その中をやはりステラの歩調に合わせて、ゆっくりと歩いていくと、ウィンドウ側からは離れた壁の並び、ふ、とステラの瞳が流れた。小さなガラスの小瓶に詰められた、キャンディーやチョコといった幾種類かの粒が色とりどりのセロファンで包まれているお菓子。彩りは淡く、瓶の上からも白い棚の上に照明を反射して、キラキラとやわらかな光を落としている。シンはいくらか高い場所に置かれていたそれに、手を伸ばして、繋いでいないほうのステラの掌の上にそっと、のせた。

「……きれい」
「これ、好き?」

 小さくつぶやかれた言葉に、問いかければ瞳は掌に落としたまま、ひどく幸せそうな表情で頷かれた。シンはゆるく、目元を緩ませて笑う。

「よかった。じゃあ、俺がプレゼントしたらもらってくれる?」
「…プレゼント?」
「うん。その、…時期外れだけど」

 ホワイトデーはバレンタインのお返しをあげる日だけれど、バレンタイン自体は確か、大切な人に感謝を表す日、だったような。シンはおぼろげな記憶を追いかけて、ひとり頷く。だったら、多分問題ないだろうし、違っていてもまあ、やっぱり特に問題もなさそうな気がする。

「ステラが、よかったら」

 間近にシンを見上げるように向けられた視線のまま、けれどゆっくりと、緩やかにステラの表情が笑んだ。近い距離での笑みに、シンは刹那息をとめる。それから、弾かれたように瞳をはずし、ステラの手を引いてレジへ向かった。




B A C K