よく晴れた空だった。彼方を縁取る雲は鮮やかに白く、風に流れては遠く、遥かを穏やかに過ぎる。寄り合うように阿る、頬をかすめた髪にわずか瞳を細め、けれど青い視線はすこしもかわらずに静かに向けられていた。何処までも何処までも続く墓標、物言わぬ石碑のひとつ、そこに眠るはずもない彼の、口にすれば今もやわらかく響くだろう名の刻まれた。たなびく髪も向ける瞳の高さもあの頃とは異なる、白い軍服の姿を目にしたなら、彼は何と言って微笑んだだろうか。意識せずとも思い浮かべられた笑顔には今も変わらぬ幼さがあって、イザークは少しだけその瞳を伏せる。
 手にした花束の、風にひらひらと流れるリボンは艶やかな赤で結ばれていた。墓参りのためのものだとは告げなかったからだ。いつか、戦争が終わったら招待すると言った演奏会でならあるいは相応の、とりどりに華やかな花ばかりを殊更に選んだ。アスランを誘ったら眠られてしまったのだと、イザークやディアッカもぜひにと笑っていた。膝を落とし、石碑の上に花束を置く。風に流れた雲に影が落ちる。目線の高さに刻まれた名をしばし見つめ、けれどもやがて立ちあがる。落としていた顔をゆっくりと持ちあげた。
 眩しいばかりの青空。設定された季節は夏だった。辺りに溢れているきっとどんな花も似合う。やさしいこえ、やさしいことば。穏やかに見せていて、強い瞳をしていたがやはり繊細なところもあった。ただの一輪でも、たとえ手ぶらでも笑ってくれるような気のした。ただひとり、アスランとディアッカの安否がわからずに日々を過ごしていたとき、浅い眠りにやさしい音の聴こえたような気がしたこともある。すべて、幻であったとしても。
 顔を上げ、遠ざかるように足を踏み出す。強い日差しに反射で目蓋に力を入れて、逡巡し、また開かせる。目の前に広がる情景の変わることはないと知っていた。せめて、繰り返さないことができるとしたら。やわらかな草を踏みしめて歩き出す。誰にも告げずに抜け出してきた、無人の車へと。

 イザークの唯一の肉親である母は未だ罪を贖うためにある。どこまでが正しく、どこからが掛違えてしまったのかはわからない。けれどどれだけの犠牲の元にある今を、軍に残ることをイザークは選んだ。守るためにと同じ道を選んだはずの彼に、いつか、必ずに報告のできる日を迎えると誓った。だから今はまだ、背を向けた白石に語る言葉は持たない。




散文100のお題 / 21.今日と明日との狭間
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