まるで地球そのものだ。レノアは静かな感慨と、わずかな感傷と共に窓の外に広がるその景色を見た。コロニー、ユニウス・セブン。C.E.69より、シーゲルはユニウス市の7区から10区までを穀物生産プラントに改装し、ついにプラント内での食料生産に踏み切った。
 技術的な観点からいえば、プラントで作れないものなどおそらくはとうになかった。それでも、食料、特に穀物の生産は、理事国から厳重に禁じられていたことをのぞいても、ひとつの象徴的なものだったようにレノアは思う。
 人は、かつて果てない夢を宇宙へと馳せた。いつかと、多くの先人の思い描いたその夢に、その遥か、約束の地にもしかしたらひどく近いところに、今自分たちはいる。来て、しまった。そしてもう、きっと後戻りなどはできない。
 風になびく一面の金色の帯の上を、覆うのは目の褪めるような青空だ。たとえ人工的な大地であっても、こんなにも美しい風景を自分たちは手にいれた。やっと、手にすることができた。
 コーディネイター第一世代は皆、ナチュラルの尊敬と嫉妬と、そしてやがては留まることを知らず激しさを増していくばかりの迫害に、一身に晒されながら生きてきた。かつて、幼いころは無邪気に抱いていることのできた、尽きることのない可能性に満ちた未来を、心の奥深く、唯一のよすがとして。
 けれども、遺伝子に組み込まれているとでもいうのだろうか、心に抱く故郷はどこまでも地球だ。慕情は、つきることはない。プラントで生まれ、コーディネイターに囲まれて育ってきた若い世代にはおそらく理解できないであろうこの感傷を、決して還ることはできない地上へ、それでもレノアは、いまだ抱き続けている。彼女の夫であるパトリックとて、同じことだろう。だからこそ、自分たちを排除し、拒絶したかの地までを頑なに拒絶する。



 本当は、とても優しい人なのだ。思い浮かべる、その表情を、思い描くのはひどくたやすい。灰色の深い色合いをした、真っ直ぐに理想を目指す、真摯なあの瞳を。
 理想を掲げ、努力を重ね、出会った頃から変わらない、自分の身などまるで顧みもせずに、懸命にコーディネイターの権利の為に奔走し続けている。寡黙で、ひどく不器用だけれども、だからこそなお、愛おしい人。
 アスランのこともそうだ。レノアは小さく苦笑をもらす。9年前、自らがテロにあってからすぐに、月面都市コペルニクスに身分を隠して留学させたのも、そして今プラントに呼び戻したのも、ひとえにアスランの身を案じてのことに違いないのに、ひたすらにそんな素振りを見せようとはしない。そんなことでは、生真面目なところばかり彼によく似てしまったあの子には、きっとまるで伝わらないのに。
 あの人が、どれだけアスランを愛しているか。自覚さえないのかもしれなかったが、アスランの話を聞かせているとき、わずかに細められるまなざしをレノアは知っている。27年来公私を共にしてきた友人、シーゲルの一人娘との婚約を取り決めてきたときの、無表情のまま、それでもどこか穏やかだった表情を知っている。そして、とても、とても深く、自分を愛してくれていることも。
 随分前、月にいた頃に報告をかねて送った、アスランとふたりで写した写真を職務中でさえ肌身離さず持ち歩いていると彼の側近のレイ・ユウキが教えてくれたときには、堪えきれずにレノアは笑った。アスランには、教えたところでとても信じそうにない。本当に、なんて、不器用な親子だろう。こんなにも離ればなれで、そして、こんなにも、愛おしい。




 3日前、地球連合はプラントに宣戦布告をした。侵攻はすでに開始し、今もこのユニウス・セブンを含むプラント群を守るために、モビルスーツ部隊が戦っている。こちらにその意思がなくとも、もはや戦争が避けられないだろうことは明白だった。
 ナチュラルとコーディネイターの間に差異はないのだと、ただ器の大きさが違うだけだと教えてきた。だからきっと、戦争になるなんてことはないと、祈るような思いでいた。けれども人は、遥かに愚かな道を進もうとしている。アスランは、あの子は今、どんな思いでいるだろう。ほとんど家族のように、兄弟同然に育ってきた友人、キラ君からも引き離されて、それでもきっと再会できると、頑なに思おうとしていた。一年が過ぎた今でも、そう思うことがまるで当然のように、そう信じたがっていた。
 そして、カリダは。あの優しい友人は、息子と夫と、いまだ月にいるのだろうか。プラントに来るように何度も言った。初めの頃は、状勢の悪化も鑑み、一緒にプラントに移住するという話もあったけれど、プラントと、地球連合の基地もある月では、すぐに連絡をとることも叶わなくなってしまった。こうなってしまってはもう、いつか、再会できるかどうかもわからない。
 窓の外、広がる麦畑はやわらかく風に揺れている。外の世界の喧騒など、こうしているとまるでひどく遠いことのように思える。戦って、命を散らしている人々がいる、その傍らで。それでも自分にできることは、与えられた仕事を、食糧の生産の研究に努めることだけだ。それがたとえ、自分たちを創り出し、自分たちを拒絶した「同胞」の意に逆らうことでも。自分はコーディネイターである前にひとりの人間として、生きていくために、戦っている。正しいはずだった。




 端末からとうに憶えてしまっているそのアドレスへ簡素なメールを送って、レノアは立ち上がった。研究は順調に進んでいるが、研究チームのチーフに抜擢されてしまったレノアはそうそう休憩を取る暇もない。それでも、今日くらいはメッセージを送りたかったのだ。2月14日、バレンタインデーなんて、きっとひどく嫌がるに違いない。不機嫌にしか見えない顔で、それでもその瞳がかすかにやわらぐ様は想像にかたくない。小さく微笑んで、それから顔をあげた。
 これからも未来を見ることができたはずのその瞳で、一瞬にして世界を染め上げた、その白い光を見つめるために。




散文100のお題 / 46.何事も言葉で暴く必要はない
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