暗闇の中、ぽつんとまあるい光が落ちた。あたたかく、優しい光だ。ああ、と、フラガは目を細める。やわらかな、けれど静かな強さでそこに在る、闇を照らす輝きを見る。

 眩しい強さをしていた。流れるような動きで、はじめて搭乗したはずの機体を自在に操るさまには感嘆をした。予め備わっている資質のあまりの差異にはいっそ笑えるほどだ。訓練を受けてもいない少年でこれならば、軍人となればはどうだと、端からわかっていたことではあっても、考えずにはいられなかった。その程度の認識だった。
 コックピットの中で、焦点を失った瞳はひたすらに虚空を見つめていた。ザフトから攻撃を仕掛けられて、他に戦える人間はいなかった。戦えるからと、戦闘をさせた。それは事実だった。けれどその指が、グリップを握り締めたまま、こわばって、小刻みに震えているのを見たとき。初めてそのことを自覚した。
 一本一本の指を、ゆっくりと引きはがし声をかけた。大丈夫だ、もう終わった。みんな、生きてる。よくやったな。ありきたりの言葉に、それでもやがてすがるように向けられた瞳は震えていた。幾度も見てきた、初陣を切り抜けた部下たちとまるで変わらない反応だった。しかもキラは、一切の訓練を受けていない、ほんの少し前まではただの、学生だったのだ。
 さしのべた手を、取ることもできずにいる小さな手のひらを、掴んで、連れ出した。腕の中に落ちてきた体はあまりに細く、ほとんど瞑目をした。
 守るべきものたちと、この少年の何が違うのか。コーディネイターという存在を、本当は何も変わらない、同じ人間なのだと、そのときにきっと漸く、事実として認識をした。

 どれだけ戦って、敵を殺しても、どちらかを滅ぼすことなどはできない。たとえ過ちであったとしても、すでに生まれ落ちた命を否定することなどはできない。護るためにと戦いながら、もうずっと、いつかたどりつくはずの未来が見えなかった。けれど。
 キラの存在は、まるで希望そのものだった。


 にじんだ視界で、ぼんやりとしたその光を追った。数度瞬きをして、それが室内に備えつけられた照明の光だと知れる。重い頭に、それでも意識は覚醒をする。浮かんだ記憶に、瞳は歪んだ。

 守ると決めていた。
 この艦に乗る、ほとんどの命をその小さな手のひらが懸命に、同胞と殺しあい、その心を擦り減らしながらも守るというのなら、せめて自分が、自分だけは、どんなことをしてでも守ってやろうと思っていたのだ。
 途切れた通信。ロストしたシグナル。機体の向かった方角から響いた、耳を貫いた爆音。そして閃光。
 それでも、負傷しているだけで、あるいは連絡を取るすべがないだけで、まだキラはそこにいるのだ。死んだなんて、そんなことがあるはずはないのだから。あいつは、コーディネイターで、抜けてるところはあるが頭だっていい。そんなふうに簡単に、死ぬはずはなかった。
 援護で出た少年もすでにMIA認定がなされ、恋人同士だった少女が呆然とした口調で呟くのにも、崩おれるようにして涙をこぼすのにも、かける言葉などはなかった。伸ばせる手などはなかった。そうだ助けてやれるのはきっと自分だけなのに、俺は今ここで何をしている?守る立場の軍人でありながら、志願の形をとっていたとはいえ民間人の子供を犠牲にして、生き残っている。何もかもが、あまりに馬鹿げていた。
 戦えるのは、すでに自分だけだった。残されたいまだ多くの命を、キラたちが守ろうとしていた命を、守れるのはもう、他にいない。艦から離れることはできないと、理屈ではわかっていた。
「………くそ…ッ」
 いつの間にか同室で過ごすようになっていた少女と何があったのか、憔悴しているのは目に見えていた。あるいはもっと以前、ともすれば最初からずっと、消耗していくばかりであったことにも、薄々は気付いていたのに。

 大丈夫ですよ。

 微笑んで、距離をおかれた。伸ばしかけておろした指を、あのまま触れさせていれば、あるいは何かが違ったのだろうか。
 答えは誰の目にも触れることはない。一生濃い闇の中だ。
 失われた、光はけれど残像までも鮮やかに、瞼の裏をふさいだ。
 押さえた手のひらは、ただ耐えがたく、熱い。




散文100のお題 / 60.長い夜
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