ひかりのなかを歩いていた。穏やかな風の吹く、ふわりと流れた薄紅の髪がキラの視界を染めて、世界はひそやかに隔てられた。うつくしい色の溢れている、頭上を覆う木々の隙間からさしかかるそれらを避けるように、キラは目蓋を伏せる。

 綺麗なもの、やさしいもの。守るべき、たくさんのものがあって、それらはあれだけの戦いを経たあと、今もうつくしいままにある。やわらかく、名前を呼ばれて顔をあげた。軽く触れていただけの細い指が、そっと爪先に絡む。握りこまれ、仄かな体温の熱に揺れた瞳が触れあった。あたたかなほほえみを象る空の色。誰の手にも届かない場所へ隔てられたはずの、囚われた心にまでを寄り添う。失われたはずのもの。その命の許されない世界のなかで、けれどたったひとつ、キラは確かにひかりを見る。遠く、目のくらむまでの輝きを見る。

 遊離することはできなかった。はかないまでの色をして、風に攫われそうな声で、ただ傍にあるのだと云った。それだけが、今キラを繋ぎとめている。意識して、穏やかな顔をする。微笑んで、ぬくもりを返す。当たり前の、恋人同士のように、顔をあわせて微笑みを浮かべる。おそらくは今を生きる、誰よりも強くを祈りながら。どうか、その瞳にだけは、落ちる影のないようにと。

 おそれているのは、ただそれだけだった。何よりも、誰よりも。犯した罪を償うことは自らの望みでさえあった。生き長らえたのは様々な偶然の故に過ぎない。命の終わりを、おそれてはいない。たくさんの大切なもの、親友である彼と妹は、今はおそらくは互いの為にある。けれど、誰にも理解されるはずのない孤独のなか、ただひとり手を伸ばしてくれた、ひとりだけ、ラクスだけは。

 傍らの指を、微笑んだひとみがむかえる。たおやかな手の伸ばされ、咄嗟腕までもを抱え込むように、薄い背に腕を絡ませた。髪が頬をなぜる。梳うように指を通す。遅れて胸に頬を寄せられて息の詰まった。風の吹きすぎる音。静かな、ふたりだけの世界のなかで。額に口唇を触れた。吐息。伏せられた瞳。伝わるぬくもり。キラに許された世界のすべてを、キラはひたすらに抱き寄せる。

 もしもこのまま、ふたりきりでいることができたなら。本当に、それだけでよかったのだ。




散文100のお題 / 72.朝
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