そっと瞳を伏せて窓の外を眺めていた。やわらかく単調なリズムはいっそ静寂に近い。室内にも満ちるのは雨音の気配。糸のように降る雨に、世界は白く霞んでいる。ステラはゆっくりとまばたきをする。
 瞳を戻せば、目の前にあるのはひとり、シンは相変わらず左手に抑えたステラの指先ばかりを見ていた。雨音のほかに響くのはほとんど定期的な、ステラの爪を切る小さな音だ。解放をされた、すでに切り揃えられた右手の先を見やれば、幾分短く、丸く削られた指先はひどく綺麗に整えられている。丁寧な所作で、律儀にやすりまでもかけられたそれを、じっとステラは見つめる。

「…平気?」

 気遣うような声にはただ瞳を返した。いつからかステラへと視線を向けていた、シンは小さく笑って、痛くない?ともう一度言った。ステラの手に触れたままの、シンの指はどこまでもやさしい。痛いことはどこにもない。ステラはこくりとうなずく。
 素直に綻ばせた表情で、シンはまた手元へと視線を落とす。手の上ではぱちん、と小さな音を立てる。熱心に伏せられた瞳に、ステラはやわらかくまなざしを向けた。窓から入る弱い光は、いつもは強く鮮やかな色を、縁取る睫毛の影を白い頬に落としている。

「……シン、」

 窓を行過ぎる風の音にまぎれ、以前に教えられた名前を口にしていた。とめられた手に、持ち上げられる視線は慌てたように揺れている。

「痛かった?」
「…ううん」

 問いかけには否定をして、それから、もう一度名前を呼んだ。やさしい音。口にするのは嬉しかった。驚いたようにまばたいた瞳で、遅れてシンも笑顔を返す。

「…もう少しで、終わるよ」

 指の上へと重ねられた、手のひらはあたたかい。いつからか、いつも、それはステラに安心をさせる温度だった。日向のにおいがするような。

「うん」

 幼い所作でうなずいて、ステラも小さく瞳をゆるめる。指に触れるぬくもりは嬉しい。シンといることは、嬉しい。いつも。
 小さく、吐息だけでふわりと微笑みを向けた。表情へ、すぐに伏せられたシンの瞳の動揺にステラが気づくことはない。外では雨がやむことなく、ひそやかに降り続いている。




散文100のお題 / 28.強い手と長い睫
B A C K