腕に抱えた身体は、戸惑うほどに軽かった。傷ついた姿で、ガイアからを降ろした時よりも遥かに、顔色は白く、青く。閉じた視界にまでも鮮明に残る、鮮やかな瞳も、今はもう弱く伏せられている。目じりに濃く落ちる影がステラの疲労を、恐怖を伝えてくる。日を追うごと弱っていく身体、それでも名前を呼べば、視線を向けてくれた。いつでも、弱った身体でも懸命に微笑みを向けてくれた。縋るような細い響きで、何度でも、名前を呼んでくれたんだ。

 エクステンデットとか、そんな言葉は知らない。知らないままでいい。何も、いらないから。どんな場所ででも、二度と会えないとしても、ただ、君が生きてさえいてくれるなら、俺は。

 遠く、モニターの捉えたシグナルに顔を上げた。映るのはたった一つ、単身向かい来る地球軍のMSの姿だった。人形の、兵器は近くまでを飛来してゆっくりと舞い降りる。日の落ちかかる空の下、躊躇いもなくコックピットを開いて大地へと降り立つ。表情は見えない。そこにある敵の、仮面に遮られたその奥の瞳がどんな色をしているのかもわからない。けれども、確証もない敵機からの通信に応えて今其処にある、せめてそれだけは救いのようにも思えた。ステラにとっては。少なくとも、ステラのあんなにも会いたがっていたネオは、彼女を見捨てはしなかったのだから。そして無力な自分も、ステラを助けるためには、それに縋ることしかできない。

 片手に支えたまま、降り立つときもただひたすらにステラを見ていた。これでもう会えないかもしれない、今は触れられるほどに側にいるのに、もう二度と。彼女をこんな目にあわせる、戦闘に向かわせる場所に、今自分はステラを返そうとしているのだから。
 見上げた視線には怒りだけが滲んだ。睨む仕草で見つめた。それでもあれが、ステラが慕う、ステラが名前を呼ぶ、ネオだというのなら。

「死なせたくないから、返すんだ!」
…どうか、
「だから絶対に約束してくれ!決して戦争とか、モビルスーツとか、」
どうか、ステラを
「そんな死ぬようなこととは絶対遠い、やさしくて、あったかい世界へ彼女を帰すって…!」

「約束、するよ」

 返された言葉に、唇を噛みしめてその仮面に隠された表情を思った。その言葉が、信じるに足るものであることを、願った。

 側にいられなくても、ステラが俺を忘れてしまっても。ステラに似合うやさしい場所で、初めて会った頃のようにステラが笑っていてくれることを。俺はただそれだけを、祈っていたんだ。




散文100のお題 / 52.そのままの君
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