ふとしたときに触れた、その手の感触を憶えている。
 色はずっと白く、整った造形にすらりと伸びるそれも、けれど指先の肌は堅い。溜まっていた書類を片付けながら、息を漏らした、一瞬の後だった。それまでは数歩を離れた距離を保っていた、アスランの指が不意に瞼の上を掠めた。風のようなあえかさで触れて、すぐに離される、遠ざかろうとする。思う間もなく腕は衝動のままに動いて、追いかけ伸ばした手のひらが指先を捕まえる。
「なに、お前、」
 唐突な行動に反射の言葉、振り仰ぐ仕草へ向けて目尻をうすらと和らげる。困ったときのような、けれども居心地の悪いそれではない、優しい眼差しをした。あたたかいばかりの、ただ気遣う気配ばかりを浮かべた色だ。
「…昨夜は、」
 深くを踏み込むことも慮って、できる細かなことにまでもと気を配って。意見の纏まるはずもない、予定調和の話合いに連日連夜引き出されているカガリに、間近に労わりの腕を伸ばしてくれる誰かはいない。形だけの言葉ではなく、深意のある態度ではなく。他の誰でもない、アスランだけだ、アスラン以外には。救われているのは、あたためられているのは自分ばかりだとこういうときに思い知る。苦しいほどに。
「お前の手、好きだな」
 瞳を落とす。右手で捕まえたそれを強く引いて、上から左手を重ねる。包み込む仕草で、いくらかよろけて、大きく開かれているのだろう瞳も見上げずに心に描く。優秀な遺伝子、そうと定められた命、そんなことに関係はない。強さも、弱さも。戦闘なら抜きん出て、きっとこの世界のほとんどの人間よりも強いのだとしても。知識も思考も、或いはナチュラルの私では思い描くのにも及ばないほど遥かだろうか。それでも、誰よりも。守りたいと、いつでも願っているのだ。
 キラを殺したと言って泣いていたとき、寄り添うキラとラクスへ向けた眼差し、ジャスティスを自爆させてジェネシスを止めようとした二年前。優しい表情も、守ると言ってくれた言葉も抱き締められた腕も、とても、とても大切なひとつひとつだけれど。私はアスランに、どこか寂しげな瞳をした、傷を負ってそのことにも気付けずにいるような、優しい危うさを見ていた。温もりも思いやりも優しさも、傷ついて疲れて、必要としているのはきっと同じだけ。
「…なら、もう少し」
「え?」
 ささやくように落ちた言葉に視線を上げる。どれだけかぶりに正面から目が合って、ふっと細められた瞳には、胸の奥がわかりやすく音を立てた。
「――このまま、こうしていて」
 重ねた指を閉じ込めるように降りた指先。閉じられた扉にノックの音が響くまでの間を永遠のように感じた。
 今でも、これからも、届かなくても構わない。どれだけの月日が過ぎても、心は変わらないと思える。あれらの時間を、忘れたいとは思わないのだ。今も、想うひとりひとり、誰かに必要とされて生きられることは幸せだ。どれだけ距離を離れても、私は決して、寂しいとは思わないから。




散文100のお題 / 84.なかったことにして
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