本当は、謝りたかった。あのとき、出撃しようと駆け出したキラを見て、気がついたときには通路を走っていた。追いかけて、呼び止めて、驚いたように振り返ったキラと瞳があえば肺は震えた。ひたすらに見つめ、けれどもまるで言葉にはならず、もどかしくフレイは制服の胸元を握りしめる。
――――全部、嘘だったと。
 愛しているふりをして、キラを利用して、ひとり苦しんでいたキラに寄り添っていたことさえ復讐だったと。
 キラの気遣いを踏みにじってしまったことも、そう、何もかもをだ。
「ごめん……あとで」
 けたたましい警報にせかされるようにして、困ったように瞳をそらし、キラの言葉は静かに響く。けれども、ふいに振り向いた。
「……帰ってから」
 呼吸を、忘れるほどに優しい、笑顔だった。とても忘れられるものではない。あんなときでさえ、キラは優しかった。そう、いつだってキラは、フレイに優しかった。

 あれから、何度も思い出す。キラの笑顔、瞳、声、体温、何もかも、失われてしまったものだというのにひどく鮮やかに甦る。キラは死んだ。死んでしまった。フレイが望んだとおりに、戦って戦って戦って、同朋であるコーディネイターに殺されて、死んだ。
 フレイが、殺したのだ。それなのに、涙もでない。キラにもう会えないなんて、そんなこと、信じられない。信じたく、ない。
 考える時間だけはいくらでもあった。父と同じ声で、けれどもひどく冷えた言葉を紡ぐ男に連れ去られて来てから、ほとんどの時間をフレイはひとりで過ごしている。灯りもつけないこんなにも暗い部屋で、暗いところや狭いところが嫌いなフレイにいつも何も言わずにキラはそっと寄り添っていてくれたのに、今フレイはひとり暗闇にいる。大勢のコーディネイターの中に、たったひとり。
 怖かった。不安だった。けれどもこれが、今までずっと続いていたキラの孤独だ。気づいて、漸くフレイはその深淵を見た。キラ、…キラ、呼びたい名は声にもならない。
 瞼をおろせばキラが笑う。キラは、笑う。いつだって、優しく。
 わたしは死んだと、それと同じだとあの男は言ったけれど、だったらそれでもいい。死んで、それでキラに会えるならそれでいい。キラに会いたい。会って、そうして謝ることができたなら。謝って、キラがずっと与えてくれていた優しさを、今度は少しでもキラに返せたなら。そうしたら、もう他には何もいらない。キラだけ、キラが、いてくれるなら。他にはもう何も、望まないから。……だから。




 何もわからないまま、押し込まれ、投げ出された。小さなモニターは至るところで激しく明滅する光を映す。まるで何かの賭けのように、仮面の男はフレイに「戦争を終わらせるための鍵」を渡した。
 震える指がコンソールを滑った。この宙域に、いつだってフレイに手を伸ばしてくれていた、キラはいない。もう、どこにもいない。だから、鍵、なんて、そんな不確かなものに縋って通信をした。
 けれど。

――――…フレイ……ッ

 唐突に紡がれた、掠れて、それでも確かにフレイの鼓膜を震わせた声は。
 もう一度、フレイ、と、聞こえるはずもない、その声で。

「……キラ………?――――…うそ……ッ」

 涙が溢れて霞む視界に、阻むものを必死に振り切って、向けられる攻撃にも構わず、ただ一心に近づいてくるその真白な機体は、ひたすらにフレイへと手を伸ばした。




 キラが、生きているということ。それだけが全てだ。もう見失ったりはしない。犯した罪、失われた命、何よりも大切なもの、自分の気持ち、キラからも、もう二度と目を逸らしたりはしない。
 閃光を弾いた赤い盾、白い機体は宙を駆け、フレイの搭乗している船を守った。
 キラが、守ってくれた。窓から見えるその機体に、フレイは涙に濡れた瞳で、それでも精一杯にキラに向かって微笑んだ。
 視力が、とてもいいのだと言っていた。見たくないものまで、見えるのだと。それなら、もしかしたら、キラには届くかもしれない。
 祈りは届く。願いは届く。ずっと会いたかった、キラが、もうそこにいるのだから。
 ああ、もうすぐ、愛しいあなたに手が届く。




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