目を閉じてもまだ見えるものがある。まぶたを下ろし、さらには掌で覆ってもまだ。フレイはそういったものを思ってすっかり皺のよったシーツの上、両掌でまぶたを覆った。目を覆っても見える。耳を塞いでもきこえてくる。

――――……フレイ………ッ

 ほとんど音にもならなかった。掠れた声で、まるで泣き出しそうな瞳で、縋るように背中にまわされた腕は震えていた。
 あのとき自分の声は、優しく響いていただろうか。或いはこの腕は、彼に優しかっただろうか。キラの表情や、声や、手のひらの感触や、そんなものばかりが鮮明で、フレイはまるで自分を思い描けない。

 キラは、コーディネイターだ。そう、何度思ったかしれない。何度、言い聞かせたか。
 顔立ちだってかわいくて、頭もすごくよくて、それにエリートパイロットで、彼女であることに悪い気はしない。けれどもキラはコーディネイターだ。フレイが利用して、戦わせると決めた。フレイを守るために、フレイのために戦って、敵であるコーディネイターを殺して、コーディネイター同士殺しあって、そうして最後は死んでしまえばいい存在。
 今だってそう、思っているのに。

 口づけて、頭を抱きこんで、抱きしめて、肌を重ねて。もう今更抵抗もない。ただ、あんなふうに。

 ……あんなふうに、優しく触れるから。

 忘れようとすれば途端に鮮明に記憶は思い起こされ、フレイは小さく身を震わせた。確かめるように目を落としても、白い肌に跡はひとつもない。残されていない。それでもある感触に、躍起になって荒々しく皮膚をこすった。目を背け、赤くなるほどに強く。

 フレイはコーディネイターを憎んでいる。パパを殺したコーディネイターを憎んでいる。守ると約束したのに、守ってはくれなかったキラを憎んでいる。憎んでいるのに。

 キラがあまりに優しいから、時々錯覚しそうになる。何もかも忘れて、利用するために口にした嘘が、本当は全部、真実で。自分は彼を、愛しているのだと。

 艦が揺れた。いったん衝撃が大きく、それから振動が残る。仰向けの体勢で、窓のない部屋の中、フレイはぼんやりと何もない空間を見つめる。宇宙には時間なんて関係なく、それとも戦争にはだろうか、今もキラは戦っている。アラートが響いてすぐに、服を着て、振り向かずに部屋を出ていった。
 怖くはない。自分はただ、この部屋でキラが戻ってくるのを待っていればいい。キラはフレイを守るために、敵を全部やっつけて、そうして此処に帰ってくるから。また、すぐにいつも通りの時間が流れる。

――――…大丈夫。ストライクにはぼくが乗る。フレイの…

 頑なに目を瞑った。不意に思い浮かんだ声が、耳の奥でこだまする。あのときも、驚いたように目を開いてから、キラはなんて優しく笑っただろう。安心させるように。…フレイを、気遣うように。
 全部、嘘だったのに。キラを戦わせるために、そのための賭けにすぎなかったのに。

――――フレイの思いのぶんも、戦うから……

 耳を塞いで、それでも。キラの優しい瞳が、優しい声が。

「………なら、……私の思いは、あなたを…」

 声は惨めに震えた。本当は、本当はキラに、自分はどんなふうになってほしいのだろうか。わからないまま、フレイは顔を覆った。

 今はただ、早く。早くキラが帰ってくればいい。




K×F 12 hours / 07.零時半
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