空はようやく明るくなり始めていた。吐き出した息の凍るような、色濃く冬の気配のけぶるなかをアスランは歩く。見上げた空には白くあたたかな光が溢れていたが、一度深く沈み込んだ空気はまだ澄んだ夜の匂いを残している。眇めたまなざしにはやわらかく光が映りこむ。アスファルトの継ぎ目、注意を払わずに踏みしめた足元が覚えのある音を立てて、いっそうに光を細めた。玻璃の割れるような音の先には霜柱があった。端に残る雑草にも白く霜が降りている。幼い頃のキラならば好んでその上を歩いていた、意識せずとも思い浮かべられた光景には寒々しいのに懐かしく、どこかあたたかくも感じられて笑ってしまう。
 行動は衝動に近かったので、けれどもほとんど薄着に近い格好には寒さがしんしんと凍みた。赤くなっている指先を握りこんで足を速める。ひどくずれた時間に目が覚めて、すっかりと冴えてしまった思考に思い浮かんだまま。遠くからは細く鳥の声が聞こえてきてひそやかな朝を際立てる。どこか優しい静寂に、そうして連想されてしまうのもやはりただひとりなのだ。
 もう始まろうとしている一日のいまだまどろんでいる。夢とは違う、もっとあえかな実感の伴う。思い出すものも、ただ思うものもやさしい光景は等しく彼のものだった。朝。夢現のような感覚には、遠く幼い自身が笑う声が聞こえてくるようだ。甘えたように返される幼い声も。かつては何よりも遠く思われたものも、けれどもう耳をふさぐ必要はないのだ。いとおしい記憶。輝かしいばかりの。しあわせが窺い知れるようだった。過去形で考えて、もう一度アスランは微笑む。そっと息を吐いて、それから静かに光を降らす太陽を見上げた。
 朝の早い静寂の中を歩く。彼がまだ眠っていたとしても構わない、渡されている鍵に時間を指定されてはいなかったからそれならばリビングで待っていればいい。会いたいと考えて会える距離がこれほどに貴いものなのだとは、以前には考えたこともなかった。叶わぬような大それたことを望まずとも、幸福だとおもえる。

(これ以上、他に何も、望むものなんてない)

 あと少し、彼が起きていれば一番におはようと告げよう。子供の頃のように。
 そんなことを考えて、アスランはますます微笑んだ。日差しはいよいよまぶしい、朝が深まっていくなかをまた一歩を踏みしめた。




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