降り出した雨を、冷たい壁にもたれて眺めていた。傘を忘れたのは完全に私のミスで、告げられていた予報の確認はしていたのだから余計に腹立たしくもなる。空は灰色の雲に覆われて暗く、降り落ちる雨は今にも雪に変わりそうな天候だ。
 無関心の距離で、行き交う声には小さくため息をつく。友人と呼べる親しい顔ぶれは、あいにくと今日は先に帰ってしまっている。妹にでも連絡をして、迎えに来てもらわなければならないだろうかと考えて、こましゃくれた表情だとか、本気ではなくとも不機嫌な素振りの口調までも思い描いていたときだった。
「これを使うといい」
 唐突に、目の前に差し出された傘があった。まばたきをする。それでもそれは幻ではなく、次には無表情のままに手渡されてしまう。屋根からをはみ出した端に、弾き返された水が滴っては離れていく彼の手を濡らしていく。
「理由がないわ」
 袖だけではなく、視線を動かせば肩も髪も濡れ初めている。正面からを合わせた瞳に、彼の長い前髪の先からも一滴が落ちる。
「明日返してくれればいい」
 会話にもならない言葉で、彼はあっさりと背を向ける。いつもなら彼の動作に従い綺麗に流れる、背の金髪もすっかりと濡れて水滴を滴らせている。行き先はともかく、彼が今向かう方角は私と同じだ。何を考える間もなく、衝動に駆け出す仕草で後ろからを差し掛けた。
「なら、途中まで一緒に帰りましょう?」
 振り返ろうとする彼が口を開く前に言葉を続ける。拒絶を受け入れるつもりもなく笑顔を向ければ、まばたきの後に遅れて反応が返る。
「わかった」
 唇の端をほんの少しだけ緩ませて、あのとき彼は笑ったのだろうか、私の手から傘を受け取った。頭上に降り頻る雨は重さを無くし、いつしか雪に変わってしまっていた。
 今でも初雪を見ると思い出す。彼と肩を並べて初めて歩いた、ほとんど会話もなかったあの時も、確かに私は心楽しく思っていたのだ。




モノカキさんに30のお題 / 05.雨
B A C K