休暇だったはずの日に救難信号を出して、フェイスである上官まで召喚したというので、それなりに心配をして出迎えたのだ。けれど目立った外傷もなく、そっけない素振りでシンはすぐに部屋に引き上げていった。頬に残された爪の痕だけはくっきりと、事情を想像するには随分とあからさまな事象に、からかう言葉を向けるにはけれどその表情が静か過ぎた。だからただ、あえて軽い口調で私も短く会話を打ち切った。
 シンは、初めて出会った頃から内に深く何かを抱えていて、けれどそれを私たちに告げたことはなかった。アカデミーの頃からずっと、電波障害で使えるはずもない携帯電話をいつも持ち歩いていて、だからそれが大切なものなのだろうとは知っていたけれど、家族のことも、オーブ代表の前で苛立ちからか叫んだときに初めて知ったことだった。誰かの形見なのだろうと、誰も漠然とは思っていたのだろうと思う。言葉にしたことはなくても。それに向けるシンの視線が、普段の頑なな態度とは違う、いつもあまりにさびしそうだったから。
 そのシンが、散々に部屋にこもった後、珍しくも自分の部屋を訪ねてきたので。おずおずと聞いてきた言葉には思わず笑ってしまった。
 小さいもの、壊れやすいもの、ともすれば失くしてしまいそうなものをしまうのに都合がいいような入れ物。女の私に白羽の矢を立てたのは彼にしてはきっと上出来だ。扉のところで待たせておいて、私は机の奥からそれを取り出した。小さなガラスの瓶。中身をとっさに引き出しの中に空けて、手渡したときには本当に嬉しそうに表情を緩ませるのでこちらまで嬉しくなってしまった。ひとつ年下だからかもしれない、シンにはどこか幼いところがあるから、絶対に内緒ではあるけれど弟めいた印象を感じてしまうことが、私は時折あった。
 シンがそれに何を入れるのかはしらない。それがあの頬に傷をつけるほどに爪の長い誰かに、関係があるものなのかどうかも。それでもそれが、シンの大切なものになるならいいと私は思う。過去は誰にも必要だ。けれども大切なもの、大切にしたいものが増えることはきっといい。それが、あれだけのことでシンが笑顔を浮かべられるようなことならば尚更。だから好奇心は抑えて、何も聞かないでそれをあげた。
 ありがとうと告げたシンの表情。それだけを嬉しく胸にしまって、私は閉まる扉に背を向ける。




モノカキさんに30のお題 / 07.携帯電話
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