絶対の忠誠を誓う言葉を。口にしながら、僕は微笑んでさえいたかもしれない。 僕とアスランは、六歳のときからずっと一緒だった。月面都市、コペルニクスの幼年学校で出会ってから、三年前、初めて離れ離れになるまで。 三年という歳月が過ぎ去ってしまった今でも、僕はあの桜並木の風景をはっきりと思い出すことができる。地球の四季を忠実に模倣した季節の中、移り変わる情景は、いつも僕たちに優しかった。 強い日差しを撥ね返し、瑞々しく輝く緑。木漏れ日の零れ落ちる手のひら。梢の葉はさらさらと音を立て、風に揺れる。乾いた風が枝を揺らす頃には、鮮やかに色付いた落ち葉を、かさかさと踏みしめては遊んだ。冬にはうすらと雪の積もった道、寒々しい色に染まった木々の横を、手袋越しに繋いで歩いた。そして春になれば、あの、視界一面を降り頻る花びら。僕はひらひらと宙を舞うそれを掴もうと、必死になってくるくるとまわる。響くのは、幼い笑い声だ。 あの頃、僕たちの世界はひどく簡単だった。僕がいて、アスランがいて、それで世界は完結していた。どんな物音も僕たちの耳には届かなかった。 多分僕は少し風変わりな子供で、いつも突飛なことでアスランを振りまわし、困らせてばかりいた。 あれはいつのことだったろう。その日、僕はひとりで公園に行った。いつもならとても考えられないような早い時間に目が覚めて、そのまま、薄手のジャケットを羽織るだけの格好で外に出た。制御された天候に、空調管理までが為されているドームに覆われた世界の中、まだ肌寒い外気に体を震わせながらも、不思議と戻ろうという気は起こらなかった。 わずかに明るみ始めた空は、仄白く、いつにも増してひどく近くに感じられた。それこそ、手を伸ばせば届きそうなほど。 僕たちはコーディネイターで、ナチュラルに生まれた人々よりもはるかに多くの知識を持つことができる。 だから僕は、まだ今よりも遥かに幼かったあの頃、どれだけ近く感じられても、本当に欲しいものには決して手が届かないことを知っていた。知っていて、その空に向かい、一心に手を伸ばした。 もしも、手が届いたら。その先に僕はどんな夢を思い描いていただろう。あの小さな世界の中で、僕は確かに幸福だったけれど、それが永遠でないことを知っていた。いつかは終わるものだと知っていた。だからといって、何を望むことができただろう。 僕たちはまだ子供で、そして世界は残酷だ。否応無しに流れていく、遠ざかっていくものを、誰も止めることはできない。 僕はただ、その風景だけを思い出す。叶わない願いに、それでも手を伸ばしていたかった、幼い僕のいる風景を。 キラ、と、名前を呼ばれ、僕は振り返る。そこに幼い君を見る。 どれくらい長い時間かはわからないけれど、僕を探してくれていたアスランは、少し泣きそうな顔で僕の手を掴む。 そして、僕は現実に引き戻される。君と、やがては離れ離れにならなければいけない世界に。 僕たちはひどくしんとした朝の中を歩いていた。僕とアスランは、まるで行き先を見失った迷子の子供みたいに、その手を離すことが怖くて、それでもその漠然とした不安を言葉にすることはできず、地面を見ながら、ひたすらにゆっくりと歩いた。 「…放っておいたら、キラは空だって飛んでいきそうだね」とアスランは言った。静かな口調で、やわらかく目を細めて、僕を見ながら。 「飛べるかな」と僕は言った。「飛べたらいいな、とは思うんだけど」 「翼があったら、」と、アスランは注意深く一度言葉をきった。 「きっと、誰もキラには追いつけないんじゃないかな。後ろを振り返ったり、しなさそうだから」 小さく息を吸って、それからアスランは少しだけ、微笑んだ。 「でも、ダメだよ。キラには、翼がないんだから、歩かなきゃ」 わずかに俯いてそのまま、アスランは顔を上げない。アスランは同世代のコーディネイターの中でもひどく聡明で、賢い子供だったから、きっといろいろなことがわかっていたんだろう。だから僕は殊更に笑顔をつくった。 「アスランと、一緒にね」と僕は言った。 「…ずっと、一緒にね」 あれから、たくさんのものを僕は失った。本当にたくさんの、かけがえのないものを。 アスランがプラントに呼び戻されてからしばらくして、僕は両親と共にオーブの資源衛生、ヘリオポリスに移った。 その頃にはもう、プラントと地球のあいだで、戦争がもはや避けられないだろうことは明白で、それでも僕の周囲はひどく穏やかなまま、僕は工業カレッジに入学して、同年の友人もできていた。オーブではコーディネイターはひどく少なかったから、当然ナチュラルの友人だ。けれども、そこに何の問題があるだろう。僕たちはただ、友達だった。 けれど、永世中立国である、思想や種の違いで入国を制限しないオーブでも、いや、だからこそだろうか、違うことを認められず、暴力に訴える人を遠ざけておくことはできない。 反コーディネイターを訴えるブルーコスモスのそのテロの標的は恐らくは僕ひとりで、けれど僕は生き残った。 大切なもののほとんどを失ってそれでも、僕は生きていた。 そしてこれから、僕はきっと、もっとたくさんのものを犠牲にしていく。僕が進むと決めた道は、そういう道だ。失いたくないなら、他の何を犠牲にしてでも守りたいものがあるなら、迷うことは許されない。たとえそれが、他の誰かの大切な人を殺すことだとしても。 そうして、僕は今、ここにいる。君のいる、この世界に。 |