「…ラスティ?」

 不思議そうな声で呼ばれて振り向けば、いつの間に部屋に入ってきていたのだか、薄い茶色の髪が思いの外近くにあった。

「それ、なに?」

 そうして手元を覗きこんでくる仕草は、ラスティからすれば年相応というにはいくらか幼く感じられる。そのくせ軍人としての何がしかに携われば、ほとんど大概のことに優れた記録ばかりを残すのだから。幼年学校の頃を共に過ごしたらしいアスランや、元より負けず嫌いなイザークでなくとも、興味を引かれていることには違いがないのだ。
 ラスティが入口に背を向ける形で、部屋の片隅にしゃがみこんで見つめていたのは、ちょうど両の掌サイズの丸い物体。
 ピンク色をしたそれは二人の視線の前でぱたりと一度耳のような羽のような部分を思わせぶりに動かして、それだけでもキラはうわぁと小さく感嘆の声をもらした。

「アスランの机の上にあった。しゃべるぞこいつ!」

 ラスティが言えばキラは大きな瞳をますます大きくして、それこそ今にも零れ落ちるのじゃないかという風情だ。背中からほとんど寄りかかる形で一層顔を近づけてくる。次にはラスティの顔の両脇から伸びた腕が、そっとそれに触れた。
 ラスティが手の力を緩めれば途端軽やかに跳ね上がって、丸いフォルムは慌ててその落下を受けとめたキラの掌の上をなおも左右に揺れる。おそらくはペットロボットであることを目的としたそれは、そうして上部左右につけられた羽をパタパタと動かしながら嬉しそうに喋りだした。

『ハロ!ハロ!アスラーン!』
「しゃべった…!」

 瞳を輝かせて、すっかり目を奪われてしまったキラの隣で、ラスティはぼんやりと思い出す。
 そういえばここのところ、何に対してもどこまでも生真面目なアスランが、定められた業務の時間以外、休憩時間も含めて何やら熱心に端末と向かい合っていたのだ。もしかしなくともこれだけ手のこんだものを作るにはそれなりのOSが必要だろうし、楽しげにしゃべるその声にも特に聞き覚えはなかったから、もしかしたら音声データまでも手作りかもしれない。思い返してみれば、昨夜は特に熱心に何かを組み立てていた気もする。先に休んでくれてかまわないから、との言葉にはもちろん遠慮なく眠ってしまったのだが、てっきり何か、例えばじきにそれぞれに専用のものが与えられるだろうMSのOSのことでも学んでいるのかと思っていた側からすれば、はっきりいってとても、最高におもしろい。イザークを刺激してばかりの堅苦しい性格の上に、こんな子供受けしそうなものを、それもあの無表情の固まりのような顔で作り上げてしまうなんて、と考えれば考えるほどに込み上げてくるものがあって、堪えようとしてラスティはむせた。

「…大丈夫?」

 心配そうに向けられてくる瞳、分け隔てなく寄せられるあたたかな感情に、咄嗟揺らいだものは何であったか。
 すぐに息をおさめ笑顔で取り繕ったラスティは、視界の端、床の上でくるくると転がっているユニットを捉えながら、ひたすらに考えまいとしてはみたが今更だった。



 また新しくパイロットが配属されるのだと聞いたとき、どちらかといえば一番素直な反応をしていたのはイザークだったように思う。それを見越していたのか、今期の赤の中でも抜きんでて優秀なのだと、普段から何を考えているのかまるで読めない隊長の、語る口調はどこか楽しげでさえあった。それでも、まさかこんな展開までを期待されていたわけではないだろう。横恋慕、あるいは実るはずのない片想い?笑えてくる。



 そうしてそのユニットでどれくらい遊んでいたのだったか、ふとキラへと顔を向けて、そのまま視線はとまってしまった。かすかな表情でも間違えようはない。キラはすぐに視線に気が付いて、小さく微笑んだ。

「…変わってないな、アスラン」

 月にいた頃、別れ際に、自分にもマイクロユニットを作ってくれたことがあるのだとキラは笑った。
 懐かしそうに。それから、ほんの少しだけ、さびしそうに?

「じゃあ、今でも持ってるんだ」

 訊ねれば、驚いたように見開かれた瞳が、やがてひそやかに揺れて。

「……アスランには、内緒だよ」

 ささやいて、微笑んだ。



 イザークにまたチェスの勝負を挑まれていたらしいアスランが帰ってきたのは、キラが自室に戻っていくらかが過ぎてからのことだった。この調子でいつも大概がすれ違っている。アスランにいたっては、何故かキラに避けられていると思い込んでいるようで、近頃ますます表情が白い。お前が部屋にいないせいだろうと言ってやりたい気もしたが、おかげですっかりラスティはキラと親しくなってしまった。だからキラの気持ちは嫌というほどにわかっていて、アスランの気持ちがもっとはっきりとしてあるなら、ラスティとしてはそれでも別にかまわないのだ。ただアスランが本当に、端から見ていればあれだけあからさまであるにも関わらず、自覚がないようなので、ラスティもそれにふさわしい態度を未だに決めかねている。

「……お前さぁ」

 またすぐに端末へと向かう背には、なんとなくため息を吐いた。机の上には、元通りに接続端子で繋がれたピンク色のロボットがいる。あえて言葉にするまでもない、完成をした曉にはかの有名な歌姫、婚約者であるラクス・クラインに送られるであろうことくらい、ラスティもキラも当然に知っていた。

(俺、お前のこともけっこう好きなんだけどなぁ)

「どうかした、」
「や、なんでもない」

 不思議そうに振り返られるのには手を振って返す。近くにいるとどうにももどかしい現状に、何がしかの展開が望めるのは当分先のことのような気がしていた。




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