晴れ渡った空の日だった。軽く踏みしめていく土からも、やわらかな熱と日向の匂いが立ち上る。穏やかに渡る風に髪が揺れて、何処かくすぐったいような心地がしていた。天界のそれとは違う、地上の太陽のひかり。目を細めて眩しく思うのは、けれどただそれだけの為ではきっとない。
 時間が外れているせいか、他に誰の姿も見えない公園の中をのんびりと歩いていく。少し伸びすぎた芝を踏んで、きっと小さな背丈で届く高さまで、いくらか滑らかに手が馴染んだ木の幹に手を触れた。ちらちらと頬を日差しが掠めていく。ささやかな木陰に腰を下ろし、犬丸は見上げるようにその幹へ背を預けた。


 ――見つけたんです、


 勢い電話をかけてしまった時のことを覚えている。


 ……これ以上はないというくらいの子なんです。真直ぐで、優しい夢と、自分なりの正義と、それを貫けるだけの強さも持った。それにとても、本当に、優しい――


 いつも通りのからかい半分な態度で、呆れたように聞き流していた声が、言い募る言葉にほんの一瞬笑んだような気配を伝えてきたことも。当人は絶対に認めてはくれないだろうけれど、見守るなんて面映い言葉ではなくても、気にかけてくれているのだと知っていた。それほど遠い日のことではない記憶だ。
 彼に出会えてからの人間界での日々は、本当にあたたかなものばかりで満ちていた。犬丸はそっと目を閉じる。降り落ちる、微かな熱とひかりの気配が身体を満たしていく。まるで物語に描かれる、遠く、遥かな存在からの祝福のように。


 ……僕がなるかもしれないなんて、思わないけど。


 思い浮かんだ言葉には不意に可笑しさが込み上げてきて、少しだけ笑う。犬丸の思考はどうしたってその先へ続かない。けれども彼が頂点にたどり着く光景、空白の才を守ってくれる姿は簡単に確信を伴って思い描けるのだ。自分の資質なんてわからなくても、彼はきっと願い事を叶えるのだとそれだけは信じられる。この先の未来を貴く思える。
 その間にも目蓋までとろとろと温もりに包まれていく。その心地よい空気には抗えずに、犬丸はいつしか眠りに落ちていた。



 遠い意識の中でも、誰かに呼ばれたような気がしたのだったか。近く笑んだ吐息と、そっと覗き込むような気配を感じて、夢うつつのまま犬丸はゆるゆると睫毛を押し上げる。
 目の前に、どんな空の下でも鮮やかな赤が広がっていた。犬丸の手が到底届かない遠い昔に、手酷く傷つけられたはずの皮膚も、彼は誇りだと綺麗に笑うのだ。


 ――…たった一人。僕が選んだ。……僕の、


「佐野くん……」


 ただそこに居てくれるだけで胸をあたたかく満たしてくれる。見守っていられること、君の傍に居られることがこんなにも嬉しい。夢の続きの光景に、犬丸は頬をゆるめて微笑んだ。見開かれた双眸の光彩がきらきらと落ちてくる。強く優しいその色へ、眩しく手を伸ばす。
 心のまま腕に抱きしめた感触が、幻ではないと犬丸が気付くまで、あと少し。

TITLE:視界いっぱいに広がった色は
White lie:春の日に十題