講義の終了を告げる音に室内はにわかに騒がしくなる。手早くプリントの類を鞄に押し込んで、今日は誰よりも早い勢いで教室を出た。友人に呼び止められかけたが、適当に手を上げれば急いでいると察してくれたのだろう、足は止めなかった。
 深閑と冷えた空気が吐き出す息を白く染める。コートを着込んでいても寒さは凍みるが、上擦りがちな思考を冷すには程よかった。大人になりたいとは今更言わないが、せめてそれに相応しい分別は持ちたいと思っている。
 店仕舞いを始めた商店街を抜ける間、ふと友人の言を思い出し、花屋の前に止まった。意中の相手の誕生日には花と指輪を携えて。誕生日には会えなかったし、置き換えて考えるには擽ったいような心地がしたが、彼になら花は似合うだろうと考えた。取り取りの花が並ぶ中、鬱金香と綴られた小さな盥の中に咲く一本を抜く。明るい黄色の花を選んだ。
 花を下げ始めていた店員に声をかけ、プレゼント用の包装は断ってクラフト紙に包んでもらう。ご自宅用ですか? 問いかけには首を振って笑った。
 茎が長いので、腕を下げて持っても花を包む紙が肩に触れる。不似合いな手荷物のせいか時折視線を感じたが、浴衣姿で慣れているのでさして気にもならなかった。肩に添えたまま風からかばうように足早に歩いていく。

 どんな反応をするだろうか、と考える。一番にはきっと名前を呼ばれる。ただでさえ大きな瞳を開かせる仕草、不思議そうに瞬かせる様子も簡単に思い浮かんだ。
『佐野くん』
 犬丸のことを考えるとき、いつもその声が真っ先に蘇る。名前を呼ぶ声。聞きなれた音のはずなのに他の誰とも違う声を。
 落ち着こうと思うのにどうしたって足は逸る。早く会いたい、と、約束の場所はもう間近なのに、突き上げる様に願いは募った。

TITLE:ラーレ