薄く皮膚を透かした赤から白へ、真上から眼窩に入り込んだ光の強さは針のようだった。過ぎる熱は痛みに似ている。咄嗟に眇めた目蓋の動きで、明神は自らがその目を開きかけた事を自覚した。
 むき出しの腕や脚の下、服越しにも冷たい土の感触が触れている。空気が動いて、擦れ踏み躙られた草の匂いが一際強く立ち上る。汗に張り付いた服もわずかにそよぎ、今やほとんど全身を覆っている熱がその一瞬だけ薄れた。まだ膜が貼っているような視界を数度瞬かせ、今にも落ちてきそうな空を見遣る。遮るものもなく、目前一面にひろがっている青を。刷毛で刷いたように塗り潰されて、ここからは見通せない色を。
 笑おうとしたのを意識するよりも先に、内側から打ち付けるように鈍くこめかみが痛んだ。其処此処にこもる熱のせいか、耳へ届く風の音もどこか鈍い。緩慢な動作は、思考から剥離したところで投げ出した片腕を持ち上げていた。もう何度も繰り返してきた動き。手を口元へと添える。息を吸い込む。
 一拍、高く空気を振るわせた振動は正しく音だった。空へ向かって光の束を形作ることなくそれだけで収束してしまう。指が触れたままの口角へ不意に誘発された痙攣は、馴染んだ笑みの表情をかたどるように動いていた。
 負ければ与えられた能力も失われる。地に打ち付けられた瞬間までをまざまざと覚えている。霧散した光と、一瞬を置いて近距離で視界を埋めた質量。打ち下して、もっと先へ進むはずだった。ロベルトと同じ天界人だとは知らなかったが、関係はない。力が及ばなかったことは認めざるをえない。けれども、望んでいた。それがすべてだった。
(……望んでいた?)
 目蓋を通した光は赤く、明滅する。自分の立ち位置は心得ていたはずだった。適当に笑顔を貼り付けて、周囲に望まれているような上辺だけの言葉で過ぎていく。注意深くあること。何かを装うのには慣れていたし、いつもそう振舞うことが自然だった。
 建前上どんな言葉で飾られていようと、人の価値は等価ではない。まだ十数年分ばかりの知識でも年を重ねるごとに実感は増した。他を踏みつけに、強者は弱者を犠牲にして生きていく。世界はそういうふうに出来ていたし、それが当然だと感じていた。
 人間界という呼称。ここよりも上にある別の世界。実在する万能の神。その気まぐれと、百人ばかりの神候補の目に止まる運に恵まれなければ、知ることさえできなかった事実。そして明神は、この地上に溢れている人間の中から二人の神候補に選ばれた。
 限界が定められていることを知っても憤りは覚えなかった。見えないはずだったものが、はっきりと境界を引かれただけのことだ。ただ、限られている可能性が目に見えるものならば、行けるところまでは進もうと決めたのだ。機会が得られるのなら利用する。十団の在り方もわかりやすく、立場を定めるのには都合がよかった。
 十団での立ち位置。あと少しで届きそうに見えた距離へ、現実は実に判りやすい白黒をつけてくれた。想像でも哀れむような表情さえ浮かばない。閉じた目に見えるのは、振り返ることなく先へ進んでいく背中ばかりだ。迷わずに前だけを見据えて、壊滅状態の十団や明神自身の敗北の報を聞いたところで、きっと一笑に臥して終わりだろう。
 焼け付くほどの強さで、いつか倒したいと願っていた。けれどもこの先、もうこちらからは関与できないバトルの道先で立ち止まることや誰かに負けるようなことがあれば、それも到底許容できない気がする。――強さに価値があるのだから。強く在り続けてくれさえすれば、この先に行過ぎる過程にする。それだけだ。

 どう足掻いて抗えども夢は終わる。視界を閉じていればそんな声が聞こえる気がした。目を薄く開けて空を仰ぐ。眩むほどに遠い、そんな場所は端からいらなかった。
 悲鳴をあげる体を無視して地についた腕に力を込める。笑うように明神は咽喉の奥へ息を押し込めた。


 何も変わりはしない。今までと同じように、これからも一人で立って、一人で歩いていく。
 そうして、いつか――また逢う日まで。

TITLE:終わりと思えば終わりだろう
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