目を開けたらすぐ傍に佐野くんの顔が見えて、瞬いた。まだ夢の中にいるような感覚で、手ぬぐいの外された額や、閉じたままの目蓋を見つめる。外の世界は全くの静寂で、遠くからかすかに鳥の声が聞こえていた。夢を見ているのではなくて、ここは人間界で、今僕は佐野くんの隣にいる。


 昨日は僕の誕生日で、佐野くんが買ってきてくれたのは、フルーツやチョコレートで飾り付けられたロールケーキだった。ケーキなんて普段そう買うものでもないから、僕もそう詳しくないのだけれど。
「誕生日言うたら、ケーキは外せんやろ」
 黄色の箱をテーブルに置いた後は、組んだ腕の上に頭を横向けて視線を外している君が呟く。箱の中には一つ一つ種類の違うケーキが並べられていて、どれから取り出したらいいか迷ってしまうくらいだった。
「二人で食べるのに、こんなに沢山?」
 ガトーショコラにチーズケーキ、ショートケーキ、モンブラン、チョコバナナにあずきケーキ。最後のひとつは新年限定らしい。残ってたのを一揃い買ってきたのだと、君が笑う。
「神さまの誕生日やしな」
「今日は休業ですよ」
 軽口で返しながら、ひとつ持ち上げた。お皿に置くと綺麗に巻かれた断面が見える。
「でもなんでロールケーキなんですか」
 何気なく訊ねて顔を上げれば、一瞬佐野くんと目が合った。すごく不自然に視線が流れる。
「…佐野くん?」
 逸らされた横顔を見つめながら呼びかければ、横を向いたまま、観念したように君が呟く。
「……似とるやん、ワンコに」
「え。――どこがですか?」
 問い返せば佐野くんの視線がまた僕に向けられて、それからテーブルの上のケーキに落ちる。
「どこって……」
 困ったような表情で見つめられて、わけもわからずに見返した。また逸らすように俯いて、佐野くんの肩が揺れる。
「か、…かわええところ……」
 震える声で言われても、褒められているのかどうだかわからない。複雑な心地で、何故だか薄ら赤くなって見える頬に、確かめるみたいに指を差し伸ばしてみる。跳ね上げられた顔は確かに赤くて、少し熱を持って熱かった。手を離すこともできずに、そのまま数秒。
 ――顔を近づけていたのは、僕からだけではなかった、と思う。


 カーテン越しに入り込む光はまだ薄い。朝が訪れるまではひどく時間がある。室内に満ちるのは眠りの匂いで、まどろむように手を伸ばす。少しの距離も埋めるみたいに腕の中に抱き込んで、夢に見るよりもずっと幸せな心地で再度、僕は目を閉じた。

TITLE:おいしく食べよう
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