繰り返されるアナウンスに過ぎていく人々の会話が重なり、意味を為さないざわめきのように耳をかすめていく。細く区切られた改札を抜けて、人の波を器用にすり抜けていく彼の背を追いかける。
「――ワンコ」
 すれ違い様、急ぐ様子の相手にぶつかられそうになって、腕を引かれた。手はすぐに離れて、何気ない仕草で頭上に設置されたデジタル表示を指し示される。一人で移動する分には距離があっても空を飛べば事足りたので、人間界の交通機関はまだ数度しか利用したことがなかった。彼と連れ立って乗るのはこれが初めてだった。
「混んどるなぁ」
 ホームへ降りていく階段は、出たばかりの電車から下車してきた人間が上ってくるのでさらに混み合っていて、振り返った君がわざとらしく顔をしかめてささやく。足元が見えない程の人の固まりに押されて、僕たちも知らず並ぶ列の一部になっていた。機械的なメロディに先導されてホームに入って来た電車へ、降りる側と乗る側がもつれるようにして入れ替わり、中の人口密度は想定されている人数よりも明らかに過剰なままで保たれる。
 流れに押されるようにどうにか乗りこんでも、ぎゅうぎゅうと押し込められているような状態で、気を抜けばそのまま潰されてしまいそうな程だった。押されて離されそうになった背中をとっさに腕で引き寄せて、彼との位置を入れ替えた。
「……へ?」
 手すりの脇、ドアと座席の間のスペースに引いて、向かい合わせに立つ。その間も始終押されるから、ドアと手すりへ両手をついて他から遮るような体勢だ。
 ただ、充分に余裕があるとは言えなかった。驚いたように見上げてくる彼の顔を、距離を離すように座席側に頸を傾げて覗き込む。
「大丈夫? 佐野くん」
 見開かれていた君の目が思い出したように瞬いて、遅れて小さく頷きが返る。
 ちょうど緩いカーブを描く箇所に差し掛かっていて、そのタイミングで電車が横に揺れた。全体の重心も振られるように左右へ流れて、負荷が端へと一時偏ってかかる。
 僕が腕をついて保てた距離はかろうじて一人分だった。顔を伏せた君の髪に頬が触れている。彼が顔を上げていたら多分ぶつかっていた。
「……おおきに」
「いえ……」
 苦笑めいた小声でささやかれて、動けないから顔は合わせられずに言葉だけで返す。身体を離そうにも、車内は揺れた後の状態ですっかり納まりをつけていて身動きがとれない。近すぎる体温を意識してしまうのは、大切に思っている相手だからだと思う。歩いていく先に、見上げた視界に同じものを見られると信じていられる。染み入って、満たされる。気を逸らすように、窓の向こうに流れていく景色に視線を向ける。
 これから暮れていく空。灯され始めた明りが無数に散らばって、目の奥に線のように残っていく。僕の知っている世界とは少しずつ違う世界。――鮮やかに見える、君に繋がる世界が、目を閉じても、いつまでも。

TITLE:会える日にはバツ印を
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